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【こんなところにボンカレー#1】女優・松山容子さんのホーロー看板は「昭和」の代名詞?

昭和に青春時代を過ごした人であれば、懐かしさあふれるのがボンカレーのホーロー看板。女優の松山容子さんがボンカレーを持って微笑んでいる姿は、「おお、あれね~」とお馴染の方も多いのではないでしょうか。

ボンカレーの発売当初、販売促進のために貼られた看板の総数は9万5000枚に上りました。2016年3月時点でコンビニの店舗は、全国で5万4000店くらいあるようですので、数だけで言えばコンビニの倍近く。当時はそこかしこで見かける感じだったのでしょう。

今現在、頻繁に見かけることは少ないかもしれませんが、ソーシャルメディア上などで「松山容子さんのホーロー看板、発見!」といった投稿を目にする機会があります。今回はそうした証言を基に、ボンカレーのホーロー看板を探しに行ってみたいと思います。

 

ホーロー看板が街の風情や情緒を醸し出す

最初に訪れたkonnatokoroni01-01のは、都電荒川線の三ノ輪橋停留場。都電荒川線は東京都荒川区の「三ノ輪橋」から新宿区「早稲田」までの約12㎞を、50分ほどで結ぶ路面電車(軌道線)です。かつて路面電車は多距離、多路線で展開されていましたが、1960年代ころから廃止され、現在東京を走るのは、この都電荒川線と東急世田谷線の二線のみになります。

昭和に活躍した路面電車に乗ってみると、車両や停留場など、随所に昔懐かしい雰囲気があふれます。走行スピードも時速数十kmくらいでしょうか。コトコト揺られ過去にタイムスリップした感覚です。

東の始発停留場、三ノ輪橋があるのは荒川区南千住一丁目。下町風情が色濃く残る地域です。駅自体も「関東の駅百選認定駅」として「愛され親しまれ人々の心に残る駅」に認められています。

この三ノ輪橋駅舎に、松山容子さんのホーロー看板は掲げられていました。停留場の雰囲気をつくる重要な要素として、これまた懐かしいオロナミンCや金鳥蚊取り線香、亀の子束子(たわし)の看板と一緒に設置されています。この看板を見て、「懐かしい!」とソーシャルメディア上に写真を投稿する方が多くいます。

また、三ノ輪橋停留場だけでなく、歩いて数分くらいの場所でも昭和レトロをモチーフにした飲み屋さんが営業しているという話しも漏れ聞こえます。こちらにもボンカレーの看板はじめ、さまざまなホーロー看板が掲げられているようです。

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異色の風景が街の撮影スポットに?

次に松山容子さんのホーロー看板を見つけたのは目黒です。JR目黒駅西口を出て、雅叙園を左手に見ながら急こう配の行人坂を下り、お花見の時期には見事な桜が咲き誇る目黒川を渡ります。看板はその先の交差点、レトロの店と銘打った居酒屋さんにありました。

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ボンカレーのホーロー看板のほか、ビールや日本酒の縦長の看板、「小金井←→大宮」といった行き先表示板(方向幕)など、さまざまな昔懐かしいアイテムで外装が彩られています。そこだけが、昭和の空気のまま生き残ったかのようです。

実はこの居酒屋さん、今は店舗として営業されていないとのこと(ワイン居酒屋になって、近辺に移転されたようです)。ただ、目黒にたたずむ異色の外観ということもあってか、写真を撮ってブログなどに更新されている方もいるようです。ちょっとした街の名所や撮影スポットになっているのかもしれませんね。

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看板だけでなく“昭和の生き証人”も販売

最後は東京を離れ、横浜市営地下鉄のセンター北駅から歩いてすぐのショッピングモール(神奈川県横浜市都筑区)です。いわゆる郊外型ショッピングセンターでアパレルショップなどが数多く出店しているのですが、その中にある駄菓子屋さんの店舗正面に、ボンカレーのホーロー看板が掲げられていました。

駄菓子屋さんですから、親子連れや子供同士のお客さんがたくさん来店し、とても繁盛している様子です。昔懐かしい商品から、最近のキャラクターグッズまで取り揃えているため、小さな子供ならきっとワクワクして、あれこれ買いたくなるのでしょう。

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レトロなパッケージが目印の沖縄限定ボンカレーが売られていたのは珍しい品ぞろえです。この商品は、世界初の市販用レトルトカレーとして1968年に誕生した発売当時の味わいをそのまま残しています。まさに“昭和の生き証人”とも言えるボンカレーです。

こうして三カ所ではありますが改めて看板を探し出してみると、松山容子さんのホーロー看板はもともとの目的であった「ボンカレーを宣伝する」という意味を通り越し、昭和の代名詞のような機能を果たしていると言えそうです。これはやはり、日本のあちこちに数多く貼られて、たくさんの人の記憶に深く残っているからでしょう。

それにしても、9万5000枚貼られたボンカレーのホーロー看板。今回は、貼られたまま残っている“野生”の松山容子さんを見つけられませんでした。きっとどこかで息をひそめているのではないでしょうか。引き続き、野生のホーロー看板を探していきますので、もし見つけた方はソーシャルメディア上などで、「あったぞ~」と教えていただけるとうれしい限りです。

 

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